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名所・旧跡を訪ねる         
 
           
 
 
 
歴史散策 太平記
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

日野俊基の墓

日野俊基は、1323年(元享3年)に後醍醐天皇に抜擢され蔵人になりました。日野資朝とともに後醍醐天皇の側近として討幕計画を先導し、山伏姿で諸国を回り、武士を組織したといわれています。(太平記巻一 俊基款状を読み誤りの事)
1324年(正中元年)の正中の変で倒幕計画が漏れ、日野資朝・日野俊基が召し捕らえられ鎌倉に連行されました。俊基は証拠不十分で罪を赦され、資朝は死罪一等を免ぜられ、佐渡国に配流になりました。(太平記巻一 資朝俊基囚はるる事・主上御告文関東へ下さるる事)
俊基は、1331年(元弘元年)の元弘の変で再び六波羅に捕らえられて、鎌倉に護送されました。(太平記巻二 俊基朝臣再び関東下向の事)
俊基は、翌1332年(元弘2年)の6月3日に葛原岡で処刑されました。(太平記巻二 俊基朝臣誅戮の事)
俊基は、鎌倉幕府滅亡の前年にその生涯を終わりました。葛原岡神社の境内にある俊基の墓は、南北朝時代の宝篋印塔です。

 
日野俊基の墓

 
 
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