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PART1
  
              
 
名所・旧跡を訪ねる         
 
           
 
 
 
歴史散策 太平記
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

稲村ヶ崎

稲村ヶ崎は、相模湾に突き出た岬で、海岸に突き出してその形が稲を積んでいるように見えることに由来しているといわれています。今は海浜公園になっており、史跡稲村ヶ崎新田義貞徒渉伝説地の碑が建っています。
1333年(元弘3年)、新田義貞は鎌倉に攻め入りましたが、三方が山、一方が海という自然の要塞の囲まれた鎌倉を落とすのは容易でありませんでした。義貞は、はるか彼方の海上を伏し拝んで、竜神に向かって「仰ぎ願はくは、内海外海の竜神八部、臣が忠義を鑑みて、潮を万里の外に退け、道を三軍の陣に開かしめ給へ」と真心を込めて祈念し、黄金造りの太刀を抜いて、海に投げ入れました。この願いを竜神がまことに聞いたのか、その夜の月の入り潮に、急に潮が引き稲村ヶ崎が急に二十余町も干あがって、砂浜が広々と横たわりました。六万余騎の軍勢は、この遠干潟を真一文字に駆け通って、鎌倉の中に攻め入りました。(太平記巻第十 新田義貞鎌倉中に攻め入ること・関東氏族ならびに家僕等打死の事)
このかつての戦場の地稲村ヶ崎で潮騒を聞きながら見る落日は、七里ヶ浜・江の島・富士山を一望できる夕焼けの絶景です。この日は、残念ながら富士山が雲の中でした。

 
稲村ヶ崎
新田義貞徒渉伝説地の碑
 
稲村ヶ崎から
由比ヶ浜・材木座海岸を望む
  稲村ヶ崎の夕日

 
 
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